全部おとぎ話であれ

きらいなものを1000文字で語る

タンクトップ

男性の着るタンクトップを見るとパブロフの犬のように条件反射でかなしおもしろい気持ちになる。かなしおもしろいというのは文字どおり悲しいが面白いという感情である。

 

 

5年前の夏、娘は1歳1ヶ月ですでにすたすたと歩いており、その平均より早い成長に驚きつつその日は自宅マンションに繋がる坂道をのぼっていた。暑い暑いとんでもなく暑い夏の日、汗だくになりながら右手に娘、左手に4歳の息子をつれていた。

 

 

息子は娘と逆で成長スピードが割とゆったりしており4歳だというのに口調がたどたどしく大人しい子だった。

 

 

汗をぬぐいながら歩みをすすめていた時、坂の中腹に高齢のおじいさんが立っていた。白いタンクトップにステテコ、細い腕は白く、両手で杖に体重をかけたよぼよぼの仙人みたいなおじいさんだった。

 

 

おじいさんは背中が曲がっていて覗きこむような恰好で私たち3人がゆっくり歩いてくるのをニコニコして見ていた。照りつける日差しに目を細めながら私はその柔らかな視線に気づいた。慈悲の権化みたいな顔だった。おじいさんは「こんにちは」と言ってきた。私も「こんにちは」と返した。息子も「こんにちは」ときちんと返した。おじいさんは優しく微笑んでいた。私たちはその脇を通り過ぎた。

 

 

「ねえ」と息子が私を見上げた。私は引っ込み思案の息子が挨拶を返せたことを得意げにするのだろうと感じ取って「うん?」と微笑み聞き返した。すると息子は満面の笑みで言った。

 

 

 

 

「なんかちょっとしにそう」

 

 

 

 

 

ファッ

 

 

 

 

 

 

お前!!!!!!!!!!!と思わず叫んでしまいそうな衝撃と戸惑いに私はまっすぐ前を向き直して「あっつ~…」と言った。暑い。暑い以外の言葉が出て来ない。坂の先を見つめて「あっつ~…」と繰り返す以外に私にできることはなかった。あの死にそうな、違う優しそうなおじいさんが息子の発言を聞いてどんな表情をして私たちの後ろ姿を眺めているのかを確認するには並大抵の精神力では不可能だった。

 

 

今でも白いタンクトップ姿の男性を見るとあの暑い夏の日がフラッシュバックする。かなしおもしろい。かなしおもしろすぎる。白いタンクトップと子供の無邪気な発言には何の罪もないのに。罪があるとすれば私の道徳のなさと教育の至らなさだ。息子よ、生き延びたな。もしあの人がダンブルドア校長だったらあの杖で木っ端微塵にされとるぞ。

 

おしまい

 

 

 

4歳だった息子は今月9歳になりますが近所の死にそうなおじいさんのことは覚えていません。