申し込み
この春娘が一年生になるので、放課後に預かってもらう施設に申し込みに行った。小学校に併設された古い建物に娘を連れて入室し、二階の大広間に通される。
「ここで皆で宿題やレクをするんですよ~」と年配のおばちゃんが朗らかに言った。全体の世話役のような人だ。優しそうでよかったな~とホッとした。
指示通りじゅうたんに座って子供用の長机に提出書類を広げる。施設利用申し込み書、夫の勤務証明、そして私の勤務証明。「拝見しますね~」とおばちゃんがそれを一枚ずつ手にとり、最後の一枚を眺めて「あら…」とこぼした。
「なんかアレでしたか?」
「いやあの、ご主人の書類の証明日が抜けちゃってるんですよ…」
おばちゃんがぺらりと見せてきたそれは、確かに最下部の証明日の欄が空白となっていた。夫の勤務先の総務担当者が記入し忘れたのだろう。
わたしは「あ~…」と言いながらチラリとおばちゃんの顔をのぞき見て、一瞬で頭をシュババババと回転させた。
年齢:おそらく60代
見た目:感じがいい
喋り方:めっちゃ優しい
スタンス:押せばイケそう
脳内がドラクエの対戦画面に切り替わる。わたしは自分の手のひらの選択肢を見た。
「出直す」却下却下。平日この時間に動けるなんてこと普段まず無い
「威圧的にゴネる」ムリムリ。4月からお世話になるんど?悪印象は避けたい
「天然ぶる」笑って許してもらう系。ギリいけそうではある。全身にフワちゃんを降臨させてちゃっかりココで加筆させてもらうのがベスト?
「深刻ぶる」あ~~~~~~~~これっぽい。めっちゃ人助けしそうな顔しとるし、ていうか人助けしないおばちゃんなんてこの世に存在せんし。ここは一つめちゃくちゃ困った感じを出して相手の慈悲心に懸けるか…?????
私は最後の選択肢をタップしてパッと困り顔を作り右手をグーにして顎の下につけた。
「ありゃりゃ…困りました。うちの夫、これ見てもらったら分かるように単身赴任なんですよ。これで証明日を書き足してもらうってなったら郵便でのやりとりになるから期限に間に合わないかもしれないなあ……」
おばちゃんは私と同じ困り顔を浮かべて3回くらい頷いた後、ぱっと私の目を見て言った。
「でも、要るので」
ミスってるやん
やってしまった。普通に読みが外れた。しかも割とピシャリと言われた。しかもよく見たら紫の服着とった。紫の服を平然と着るやつが慈悲深いわけないわ
それだけで多くのHPを失ったわたしだけれども、望みを捨てられず「ですよね~!」と一気にバカになってみた。遅れてきたフワちゃんを憑依させ脳内でダッシュでスポブラを身に付ける。遅えわお前!10秒前に来いよ!
「全然気づかなかった~(笑)でもココって別に誰が書いても役所の人は分かりませんよね?私が今ボールペンお借りしてチャチャッと書いちゃっても大丈夫かな~なんて思ったりもしたんですが(笑)」
「……(かすかな笑い)」
ねえ何か言って。既読無視やめて。引かんで。あと息だけで笑うの一番イヤじゃけホンマやめて。「うわうわコイツやってんな」って思っとるじゃろ?わたしが一番思っとるよ?自覚あるけ追い打ちかけんとって?
いたたまれなくなったので「あ、まあでも明日、持ってきますね(笑)大丈夫です!広島支店でも書いてもらえると思うので!(>▽<)あっでも仕事なので遅い時間にはなりますが(笑)」と一人で早口で終わらせて書類をカバンに突っ込んでそそくさと帰った。
帰り際に玄関でおばちゃんが「なんかごめんなさいね…」と形だけ申し訳なさそうにボソリと呟いた。いやお前、女子大生が2人で飲みに行って全部奢ってくれた男の宅飲み断って終電で帰る時みたいに言うな。わしゃお前に「あれなら俺ん家で飲み直す?星野源のライブDVDあるし」とか口説いてないよな?
おしまい
私信:としちゃん誕生日おめでとう!これ読んどるの多分東京で君だけ!