いいこと教えてあげようか
「いいこと教えてあげようか」に秒で「いや大丈夫です」と答えられるか選手権があったら日本記録保持者になれると思う。大抵いいことじゃないし。
先日昼休みに会社でエレベーターに乗っていたらぞろぞろとサラリーマン軍団が乗ってきて、1階につくとみんなぞろぞろと降りていくので仕方なく開ボタンを押したまま立っていた。
するとその軍団の最後の一人が「よっ!エレベーターガール!」と言ってきてイラッとした。ハリーポッターのグリフィンドール的に言われたので帽子オジと心の中で名付けた。
とまあ嫌な記憶として残っていたその帽子オジと、まさかの今朝ふたたび会社のエレベーターホールで遭遇してしまった。帽子オジ現る、と思いながら同じエレベーターに乗り私は行き先ボタンを押してすぐ隅に寄ることでエレベーターガールになることを回避した。
帽子オジはたぶん基本がお調子者らしく、今日も朝からちょい高めのテンションで同僚ぽい人と話をしていた。帽子オジはゴキゲンな様子で同僚に「いいことを教えてあげようか」と言った。「なんですか?」と同僚は言った。
「忘年会たぶん酔心~」
朝にちょうどいいレベルの「いいこと」を言い残して、帽子オジは自分のフロアで降りていった。私はぐんぐんのぼるエレベーターの階数表示を見ながらため息を吐いた。ちょっと好きになった。
SNSと私
さまざまなSNSを利用しているが主な住処はTwitterとnoteだ。
ただ、人と話していて認識の違いに困ることがよくある。
最近あったのは親しくしていたTwitter相互の方から「noteもフォローしてもらえませんか」と言われたこと。すみませんと言い慌ててフォローしたのだけど正直言うと私はnoteのタイムラインは全く見ないのでなぜそれが相手にとって重要なのかいまいち理解できなかった。
そんなわけで今日は、他人に諸々を察してもらうためだけにSNSにおける自分の認識を示しておこうと思います。
・Twitterのタイムラインについて
追えてない。全く追えてない。特に土日はほとんど追えてないと思う。好きなツイートはオモシロなネタ系、ジェンダーの学びになる系、育児ほのぼの系。あとお笑い界隈の反応のリサーチや自分の記事のエゴサはよくする。
あとはnoteの更新をシェアしてる人が目に留まったら読んでいく。「目に留まったら」なのでタイミングを逃すと更新に出会えず、そのため読み落としがすごく多い。
・Twitterのリプライについて
相互の方でもそうじゃなくても返すスタンス。ただ繰り返すが「見落とし野郎」なので他意無く見落としている可能性高いですが。
・Twitterのいいねについて
おもしろいなとか勉強になるなとか応援したいなとか、単純にかわいいなとか思ったらいいねする。けどそんなにこだわりないかも。そういえば「もらったリプにはいいねする」という常識を知らず仲良いnoteの方に一度言及されたので、教えてもらって以降は気をつけて、もらったリプにはいいねするようにしている。が、し損ねることも多いかも。
・Twitterのフォローについて
基本的にリプもらったらフォロバしている。
・noteのタイムラインについて
全然見ない。人の更新はTwitterから拾うのがほとんど。あと「あの人最近読めてないな」と思い返してその方の名前で検索したりする。が、出てこなくて結局読めなかったパターンとかよくある。
昔はフォロー数をゾロ目にしたくて「111」という数字にこだわっていたが仲良くしてくれる人が増えたので一気にフォローを増やした。誰をフォローしていて誰をフォローしていないとかはあまり把握できていません。
・noteのコメントについて
コメント欄はここ1年くらい閉じている。「◯◯さんのコメントには返信するのに私のにはしてくれないんですね!」とのお怒りをいただいて以降、コメント欄は閉じました。正直これも私のいいかげんな性格が原因であり、どのコメントに返信したかをマジで分かってないんですスミマセン。「◯◯さんにだけ返さない」と考えたことなどただの一度もないですよ!信じていただけると何よりですが。
・noteのスキについて
既読感覚で押していた。けれど最近noteで「いいと思ってないならスキなんてされたくない」というご意見を目にしたので自分のことを言われているような気持ちになって怖くなり気軽にスキするのをやめてしまった。noteにおいてはスキの認識があまりに各々のズレがあるような気がする。トラブルになりたくないのでnote公式が「既読」と「スキ」の要素を分けてほしい。
・noteの自薦について
「私のこのnote読んでもらえませんか?」とDMを貰うことがたまにある。感想を伝えるのは得意ではないですが、心より歓迎してします。
・性格について
話題が急カーブ。ここまでどうでもいい内容をつらつら書けばだいたいの人は中盤で離脱するだろうからあえてここで私の性格の話をしてみる。私は鋭い言葉、人を傷つける言葉、例えば「最低だな」「死んじまえ」などに群がる人間が大嫌いだが、反対に「素晴らしい」「そなたが正しい」などの超肯定用語に群がる輩もまた大嫌いだ。
これは自分の血縁関係の中にはびこる宗教への信仰の姿に対する反発心によるもなのだけど、私は誰か一人を神様と崇めることに興味はないし、したくない。
こんな内容にピンとくる人がいるかもしれないしいないかもしれないし、まあいないでほしいんだけど、私はとても今くるしいなと思う夜を過ごしていて、それはなぜかというと私が100%の偽りのなさで人を信じることがこのたびできなかったからだ。
私は、人を責めることも守ることもしない代わりに、沈黙する。
「沈黙するなら認めると一緒」「沈黙するなら否定すると一緒」と好きに解釈してもらえたらもうそれでいい。この話題は終結としたい。
乳首
あれはもう10年ほど前になるのだけど、忘れもしない3月の終わり、通っていた産婦人科で開催されたプレママスクールに参加した。妊婦さんが助産師さんから話を聞いたり不安に思うことを話して共有したりするような、どの産婦人科にもよくある取り組みだった。
ところが自己紹介を済ませると、二人の助産師さんが急に「ではっ!おっぱいチェックしま~す!」と王様ゲームみたいなノリで進行し始めた。質の悪い合コンかと思った。
助産師さんいわく、おっぱい、特に乳首をマッサージして柔らかく伸ばしておかないと産後に赤ちゃんの吸う圧で乳首が切れてしまうのだと言う。そんなこと全く知らなかった初産の私は、乳首から血が出たりかさぶたになったりするのを想像するだけで一気に恐ろしくなった。
妊婦さんは指示を受けたとおり当たり前のように服を着たままブラジャーを取って、するすると器用にブラジャーを首元や裾から取り出した。
それから助産師さんがマンツーマンで妊婦さん一人一人のおっぱいをチェックしていく。さすがに人が乳首引っ張られとるところはジロジロ見れないので、なんとなく壁に飾られた誰の子か分からん小さな手形足形を「フンフーン」みたいな感じで眺めて自分の番を待った。
助産師さんは乳首マッサージ方法を丁寧に、そして明るさを忘れず快活にレクチャーして行った。いよいよ私の番だ。ベテランの貫禄のあるおばちゃん助産師が私の服の中に「失礼しま~す」と言って手を入れた。と、その瞬間。
「お!バッチグー!立派な乳首じゃね!」
かつてこの国の言の葉でバッチグーの対象が乳首だったことがありましたでしょうか。おばちゃん助産師は私の乳首をつまんだり軽く引っ張ったりして「大きさも充分」ときっぱり言った。待って私乳首大きかったん?歴代の元彼全員にそう思われとったんか?控えめに言って死にたい
「あんまり胸の大きさは関係ないけん気にしないでオーケー。大事なのは乳首ね」
胸が小さいことを気にしとるとは一言も言ってないのにおばちゃんは目をキラキラさせてそう言い残しそのまま横の妊婦さん、もとい横のおっぱいにスライドした。
プレママとしてママになる心得など学ぶ予定が、胸が小さいのに乳首が大きいというパーソナリティだけが無邪気に公開された。
結果的に、私はその3か月後に無事出産し可愛い長男と対面した。母乳は初日からグビグビ出たし断乳までたったの一度も乳首が圧で切れることはなかった。なんせ大きくて伸びのいい乳首なもんで
ちなみにその産婦人科は私が出産した数か月後に廃院になった。長男をベビーカーに乗せて半年健診を受けに産婦人科へ行き、病院の入り口に貼られた貼り紙を見て立ち尽くした。経営者が株で失敗して突然潰れたらしい。半沢直樹の世界観やめてください
数年後、二人目を妊娠して別の産婦人科に通院した時、プレママスクール・交流会と書かれたプリントを渡された。私は不参加に丸をして提出した。
おしまい
まだ買っとらんの?!?!
ずっと好きでいられないなら最初から見つけるなよ、どうでもいいけど
私は綺麗なものには心が動かない。けれど残酷すぎても疑ってしまう。ちょうど中間しかノンフィクションに思えない。でもニュースで見る事件事故は残酷極まりないのに現実なんだって。ビビるよね。特に何も上手くいってないけど普通に三食食べられている、そんな自分が結局一番リアルで人間ぽい。
大きな仕事をしていると良く見せたいと考えてしまう。もっとうまく書けるんじゃないかと消しては、さっきの方が良かったじゃんと絶望する。
私は基本的に自分は嫌われるものだと思っているふしがある。優しくされてもどうせ本当は嫌っているんだろうな、あるいは嫌いになるんだろうなと思ってしまう。逆はあんまりない。私は結構人が好きだ。好きなほうだと思う。
嫌いになったから離れるのではなく嫌いになられそうだから離れる。それを何度も繰り返しすぎて「例えば」に続く人の名前が浮かばない。例えば誰だったっけ。誰がそうだったっけ。
けれど私にも言い分はあるのだ。だったら最初から近づいてくるなよ。好きとか言うなよ。発掘した気になるなよ。宇多田ヒカルを最初に発見した人がすごいんじゃない、宇多田ヒカルを最初から今まで好きでいつづけてる人が一番すごいんだよ。
実は私にはペンネームがある。それを使ってやばめのものを書いたらややバズりしたので片っ端からエゴサしまくった。人は好きだもんな。痛くて、エロくて、先が読めるものが好きだもんな。だからそういうものを書いたんだよ。ぼろくそ書いてあったり称賛されたりしていて、匿名だから痛くも痒くもなくて、死ぬほど楽しくて喉が渇いた。
だからそのペンネームをあげた。欲しがってる人に。その人がSNSで運用していくのをこれから眺めていくつもり。別に要らないよ、それ元々私じゃないから。
なぜこんなにも気持ちが沈んでいるのかなんて理由は一つしかないよ。自分が心から楽しんで書いてきたものよりも匿名で書いた赤青黄色の三原色のみのものの方が余裕でウケたからだ。それにより自分がとても無価値に思えて、ああ、なるほどそうか、だからこんなにも仕事が終わらないのだ。
参っている。トリスハイボール9パーセントおいしい濃いめ、って日本人はすごいよなカタカナも数字もひらがなも漢字も読めて。そんでちょっと聞いてみるけど私のこと好きな人ってこの世にいるんですか?いるなら名前教えてもらえません?カタカナでも数字でもひらがなでも漢字でもいいんで。英語でもギリいいんで。
参っている。こんな苦しさは久しぶりで。
朝7時に歩いた新宿は暗かった。あれからもうすぐ2年が経つ。
握手
息子9歳と娘6歳がよく言い合いをする。そのたびに我が家では仲直りの儀式として「気づけば握手」を取り入れている。
「気づけば握手」とは二人の手を無理矢理繋がせて母親の私が「気づけば握手!気づけば握手!」とアクシュにアクセントを置いて歌うというものなのだが、言い合いが始まった時点で「はい、『気づけば握手』するよ!」と有無も言わさず握手させるので、娘に至っては「はい、」の時点で察して吹きだしキャハハと笑い始めるのである。
ところが今日はなかなか熱いバトルだったらしく「『気づけば握手』するよ!ねえ!『気づけば握手』するって!おい!」と叫んでも全くケンカをやめなかった。
私は私でイライラしてしまい「うっるっせ~~~~!握手しろ~~~!コラ~~~~~!」と豊田真由子と化してしまった
その直後、娘が息子を叩いた。日ごろから手を出すのは絶対悪と教えているので娘の手首を掴んで「叩いたよね?!この手は悪い手じゃね!ちょんぎるけんね!」と言うと「イヤー!!!!!」と泣き始めた。
「おてては何のためにあるんね?!いつも言いよるじゃろ?!人に優しくするためにあるんじゃろ?!?」と言うと、娘はしくしくと泣きながら言った。
「握手するためにある……」
そうじゃないよ。いやそうじゃけど。落語みたいな話じゃん
ファミレス
息子のミニバスの練習試合だった。息子の勇姿を楽しみにしながら、まずは腹ごしらえをと夫らと出かけた。娘の希望で近所のファミレスになった。
コロナ対策としてマスクとアルコール消毒の確認を受け、窓際の席へ通された。最近のファミレスはタッチパネルで注文なんやね~と話しながら注文をした。
単身赴任で最近特に忙しくしている夫と久しぶりにこうしてゆっくり食事がとれるなんてなあと喜びをしみじみ噛みしめていたとき、夫が「ねえ」と声をかけてきた。
「あの人らの会話ヤバくない?」
え?伊勢谷友介いた?と思いながら顎で指す方向に目をやると、斜め前のテーブルで男ふたりが喋っていた。
「で、40歳になったら1万円ずつ入ってくる。月にじゃないですよ?(笑)月にだったら生活できないんで(笑)日に、です。日に1万です。ただ寝とるだけで日に1万。つまり貴方の代わりにお金が働いてくれるんですねー」
私と夫は「やばいやん」と言いながら笑い合って、また自然と別の話題に移った。
すぐにチーズインハンバーグが運ばれてきた。喜んで食べていると夫がまた「ねえ」と言った。
「ちょい、こっちもヤバい」
夫は白ポロとは反対側のテーブルを指差した。けれどそっちのテーブルはちょうどパーテーションで遮られていて見えない。私は耳をひそめて声を拾った。
「祈りのない人を守らないの、◯◯◯様は。あなたのお母さんもお父さんも近所の人も世間の人もみんな、憐れんどる。あなたのことを。みーんな憐れんどる。憐れむって意味分かる?」
話題の香ばしさが増してるやん。このファミレスどうなってんの。てかここ私の生まれ育った町やんけ。ワイこんなキナくさい地で育ったんか?
とまあ若干複雑な気持ちになったりもしつつ左に謎のビジネス、右に謎のセミナーを受け止めながら私たちは黙々と食事をした。これオセロだったら真ん中のウチらも引っくり返ってマトモじゃなくなるくね?もしかして店員がそういう配置にした?店側の意図?
気が散りすぎて味が分からなくなってきたのでちょっと足早ではあったが食事を終えることにした。
我が家は財布が別なので「あ~今日は私が払うわ」と伝票をとると夫が「頼むわ。オレ金ない」と言ったのでイラッとした。おいおまえ金ないんなら今すぐ白ポロの男のテーブル行って40歳から1万ずつ貰える話聞いてこいや
とまあ無駄にストレスの溜まった冴えない日曜日の昼下がりだった。退店した後、窓の外から目をやるとさっきまで私たちのいたテーブルに同じような核家族が案内されていた。その采配やめろ。どんな手法で店の回転数上げとんな
オレ痩せたよね?
シンプルに人の悪口を言いたい。私には高校時代に長く付き合った元彼がいる。もう別れて14年も経っているので何の感情も沸かないわけだけど、そいつからなぜか定期的に連絡が来る。
彼は高校時代ちょっとシュッとしていたのだが大学に入って分かりやすく太った。これまでのモテていた道からマリオカートの赤甲羅ぶつけられたみたく弾かれた。それでもトップを独走していた1週目2週目の自分を忘れられないのだろう。
で、「太ったことを武器にして自虐トークをする」という自分なりのコースを見出したっぽいのだが、本人は無自覚で二枚目の頃の記憶が彼をちょいちょいおかしな方向に動かしている。「本当はイケメンなのに」という自我が人からナメられそうになった時に表情に現れる。つまり三枚目に降り切れない。
そんな彼は何を思ったか高校時代の元カノである私に定期的にメールを送る。「俺ちょっと痩せた~」の言葉と謎の伏し目がちな自撮り。私はそのたびに「あ~この季節ですか^^」と受け止める。またこの季節が来ましたねえ。今年の桃は大きいらしいですよ。あーほんますか。へ~~~~~
人のいい私は「そうなんじゃ~」と返事を返してやる。でも比較しようがない。太っとった時のセーブデータ無いし。付き合っとった記憶はもっと無いし。
彼は結局「すき!かっこいい!超タイプ!」としつこく言っていた元カノの私を頼りにしているのかもしれない。おはようの代わりにかっこいいと言っていた罪深い高2の私。そのツケが14年の時を超えて回ってきているのだ。いつまで支払うねん。
そもそも「俺ちょっと痩せた~」て何なん。怖えよ。目的のない報告が一番怖え。迷惑と呼ぶにはちょっとパンチも弱い。
ちなみに変化球だと「俺のヤバかった頃w」と言ってDJ姿の写真や咥え煙草の写真を送ってくることもある。お前まだそれやりよんか。うちら32ぞ。インスタライブで好きにやれよ。でもアーカイブは残すな
そんなわけで私は彼から連絡が来るたび、私がこのメンへラ界のファンタジスタを生み出してしまったんだなあと空を仰いでいる。近年では彼も新しい反応の欲しさから工夫をこらすようになり、一回「オレ痩せたよね?」と自撮りが送られてきたこともある。わしゃタニタか。体重計メーカーの最大手か。「僕は痩せましたか?」って中学英語の絶対使わんと思っとった構文に令和で出会うのやめとけよ。