全部おとぎ話であれ

きらいなものを1000文字で語る

大食い

大食いが好きじゃない。好きじゃなくなったきっかけがある。

 

 

10代後半からかの有名なカレーハウスCoCo壱番屋でアルバイトをしていた。バイトの中では割と歴が長い方で朝礼での挨拶みたいなのもやっていた。決まった号令があったのに、ふざけて「せーのっ冷静丁寧正確に!やりたいことやってるか!イエッサー!」とAKBの円陣の掛け声をしていたのが社員にバレてブチギレられたりしていた。

 

 

ある時、ココイチでは1300グラムカレーというキャンペーンを行っていた。ごはん1300グラムという驚異の量のカレーを20分で完食したら無料というキャンペーンだった。

 

 

ココイチのごはんは通常で300グラム、それでも女性には大盛りに感じるほどなので1300グラムと言ったらもうそれはそれはとんでもない量で、盛り方もSASUKEの反りたつ壁ばりの傾斜になる。

 

 

学生都市の店舗だったので貧乏な大学生がよくそのキャンペーン目当てに来店した。運動部の団体が来るとスタッフはみんな「やばい、絶対1300だ」と慌ててサブの釜で米を炊いたりした。

 

 

ただ男子大学生の食欲というのはすさまじいものでマジでクリアする人もちょいちょいいた。カレー代金は無料、なぜかチェキで成功者の写真を撮って入り口に飾ったコルクボードに貼るというアナログな讃え方が喜ばれていた。

 

 

ある日、伸び伸びのTシャツを着た髪ボサボサの男子大学生が来店した。入店するやいなや入り口のコルクボードの猛者の面々をじっと見つめており、「いらっしゃいませ」と微笑みながら心の中で「お前はやめとけ」と呼びかけた。

 

 

その日は混雑していたのでそのTシャツをカウンターに通した。座った瞬間に「1300グラムカレー」と言われた。まじか。お前、一人でか。一人で、しかもカウンターでやるやつあんまりおらんで。と喉まで出かかったが「かしこまりました」とグラスを置いた。

 

 

1300グラムカレーをTシャツの元へ持っていき「スタートです」と言ってタイマーを押す。カウンターの隣の席に通したサラリーマンが新聞を片手にじろじろと見ていた。Tシャツはすごい勢いで食べ始めた。

 

 

がつがつと音が聞こえてきそうな勢い。Tシャツは食べ方の躍動感がすごかった。口いっぱいに食べては噛まずに水でを飲んで流すみたいな食べ方。私は厨房ごしにその姿に圧倒されていた。あいつは違う。あいつは生半可な気持ちで挑んでない。

 

 

と、その瞬間Tシャツが大きく呻いてカレーを全部吐いた。は?!?!?!?1?さらなたぎあrふふぁ;いぇw;らいgdui

時が止まるとはあのことだ。客の視線が一気にTシャツに集まる。全部吐き切ったTシャツは肩で息をしていた。横に座っていたサラリーマンが大きく舌打ちをしてバサァッと新聞を広げTシャツの体と自分とを遮った。人間の記憶は不思議なもので、私はその時のTシャツの姿よりそのサラリーマンの表情を強烈に覚えている。

 

 

Tシャツは近くにいる可愛いスタッフでなく厨房の真ん中にいる私に向かって「すみません、ギブアップです」と言った。「あ、はい」と私は言った。あ、じゃねえわ。あ、って何や。分かり切っとるだろうが。

 

 

開始5分で吐いてしまったTシャツはそそくさと鞄を持って1300グラム分の料金をきっちり払い走るようにして店を出た。私はカウンターのサラリーマンに謝りおう吐物を片付けた。居酒屋でバイトしている友人・ひいちゃんの声が蘇った。「居酒屋のバイトってゲボの処理があるけ最悪」。ひいちゃんへ。カレー屋もだったよ……(そっと目を閉じる)私の祈りは湯気のように立ち昇って消えた。

 

 

後日、学校帰りに大学近くのセブンイレブンで煙草を吸っていたら目の前の坂をザーっとすごいスピードのチャリが通り過ぎた。Tシャツだった。まさかの同じ大学だった。しかもTシャツは坊主になっていた。私は煙を吐きながら思った。反省したんかな、と。それともTシャツはあの日以降、自分ではない誰かになりたかったんだろうか。

 

 

あれ以来、テレビで大食い番組を見ても「あとで吐くんだろうな」と雑念が働いてしまうようになった。何かから逃れるようにチャリで爆走するTシャツの後ろ頭を私は一生忘れないと思う。

 

 

ちなみにココイチを悪く言う意図はない。ココイチは変わらず美味い。私の好きなカレーはチキン煮込みほうれん草カレーに揚げ茄子トッピングです。好きなサラダはイカサラダです。