全部おとぎ話であれ

きらいなものを1000文字で語る

G

Gが嫌いだ。あいつを最初にGと呼称した人を称賛したい。なぜならあいつは「ゴキブリ」と字ヅラから既に気持ち悪いから。どうやったらゴキとブリという気持ち悪い単語を合わせることができるのか。それが人間のやることか。

 

 

Gを見るとぶっころしてやりたいと気持ちは逸るが実際に殺せたことなど一度もない。できることはただ焦点をずらして脳が認識しないように努めながら、大学の入学式で大量のサークル勧誘のチラシから逃れた時のように足早にその場を去ることだけである。

 

 

だから若いうちから結婚条件を「虫を殺せる男」と公言していたし、ドラマや映画で「君を守る」的な台詞を聞くと「何から?Gから?」と詰めたくなる。

 

 

 

母が、実家に何年振りにGが出たと話していた。母も私と同じタイプなので「で、どうしたん?」と聞くとマンションの違う階のおばちゃんを呼んで殺しに来てもらったと言った。Gの退治で他人をウーバーイーツみたいに気軽に呼ぶ奴初めて見た。

 

 

Gの話を聞くと突然怖くなってしまって、仕事帰りにドラッグストアに寄ってGを殺すスプレー缶を買おうとした。あとは予防にGが来なくなるスプレーなるものと、Gホイホイ的なアレを買おうと決めていた。

 

 

実は長年悩んでいるのだが、私はこれらを自分の手で買うことができない。パッケージにあるイラストのGがリアルすぎて無理なのだ。たまにポップなタッチのものもあるが色もツヤも気持ち悪さが緩和されておらず、とても指で触れることができない。

 

 

しかも商品の表面にはゴキとブリというキショネーミングが書いてあるので、いつもは先述した特技:焦点ずらしを繰り出して自分の視界にGのイラストや商品名が物体として登場しないようにするしか手立てがなかった。

 

 

けれど今日こそはひとつ腹をくくらなければとぐっとこらえ、買い物かごを床に置き、指でワンタッチ引っ掻くように触れることでピタゴラスイッチ的に買い物かごに落とそうとした。

 

 

無理だった。「ウワアア無理!!!!!!!!」と叫んだ。

 

 

二度ほどチャレンジしたがやっぱり無理で途方にくれていたとき、買い物中の優しげなおばさまが通りかかったので「あの、すみません。このスプレーを私のかごに入れてもらえませんか?」とお願いした。


おばさまはぎょっとしたような顔をして「嫌です」と言って去った。

 

 

生きてきて聞いた全部の「嫌です」の中で ずば抜けて傷ついた。

 

 

仕方なくレジまで店員さんを呼びに行って、「すみません、Gのスプレーをちょっと取ってほしくて……」とお願いした。

 

 

愛想の良い店員さんが「はーい」と高い声で言って、なぜか白い服を着た男性を呼んできた。その人が「お伺いしますね~」と言ってきた。え?伝わってる?私の意図……

 

 

聞くことができないので仕方なくGのコーナーへ連れて行くと男性は「???」と不思議そうにして、容易にスプレーを取ってくれた。ただ焦点が合わせられない私は商品が選べないのでその都度男性に商品説明を求めながら聴力で情報を収集し、購入に至った。

 

 

頭を下げて先ほどのレジで会計をした。レジの店員さんは私のかごを見て「あれ?医薬品は大丈夫ですか?薬剤師と話されました?」と朗らかに言った。

 

 

私は顔を真っ赤にしたまま「大丈夫です」と答えた。